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(マストドン「創作クラスタ.jp」インスタンスの第4回企画にて:選択テーマ「読書の秋」)


『みちしるべ』
 秋になると、日が落ちるのはすっかり早くなる。
 やる気を削り取るような蒸し暑さも季節とともに流されて消えてゆき、今はただ静かな夜だけが彼女を包んでいる。時折聴こえる弦楽器の音はどこからのものかまだ知らない。素敵な旋律ではあったのだが、いかんせん彼女の興味はそこにはなかった。
 向けられた興味、それは机の前にある本棚いっぱいの専門書のうちの一冊。彼女は背表紙に指を掛けてそっと取り出した。表紙には「聖物質学~エネルギー保存における新理論~」と書かれている。新理論とあるが、もう40年も前に出版された本である。ただこれを応用した論文などが全く発表されていない上、特に重要そうとも思えない公式の羅列は普通の人にとっては興味など微塵も沸かないだろう。
 目当てのページをめくり、羽ペンをノートに走らせる。こうしている時間が彼女にとっては至福なのだ。今でこそ彼女は「いるかどうか分かんない神様についての研究」をしている…いや、頭がいいばっかりにその研究にまわされたのだが、本当は数字を眺めているほうがずっとずっと楽しい。彼女は好きじゃないことはやりたくないので、無理やり研究させられた学問に自分の好きな分野をぶち込むために、今こうしてペンを走らせている。学術的な欲望に支配された彼女は、部屋でひとり本を読み込み、ときどきメモを取り、またページをめくる。紙のすれる感覚が指にひろがる。それでよかった。そのまま寝てしまうつもりでいた。
 …3時間ほどそれが続いた。ふ、と集中の糸が切れてしまった彼女は窓のほうにゆっくりと顔を向ける。まだあのメロディーが聴こえる、飽きないのだろうか。もう少し顔を上げると、星が輝いているのが見える。いま世間一般では、あの星ひとつひとつに神様がいて、稀に流れ星として夢叶わせる水晶を降らせるという。…そんなの本当にいるのかしら、と胡散臭そうな視線を空へと刺した。
 と、そのとき、ふわりとどこかの星が強く瞬いたような気がした。青白い光はどこからだろう。目を凝らして見ようとするが、もう光はおさまっている。あの光はもしかしたら、自分の目標とする光…神様が放つエネルギー、かもしれない。そう思うと、より一層の興味を取り戻し、また机の上の本を読み込み始めた。
 もうあの弦楽器の音なんて、彼女の耳には届かなかった。


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